「雨に濡れ、雪に凍えて」2nd written by eConomy
「わかりました。肺炎がありますから急ぎましょう。マスクもして下さい。上着はすぐ用意しますから、寝室で休んでいて下さい。」
昔、秘書だった頃の口ぶりに卓也が笑ったが、知美は真剣で笑みを返せなかった。
「奥さん。10日ほど入院願います。出来物が喉にあります。それの削除と精密検査をします。」
医者の言葉は知美の予想と多くは外れていなかった。
しかし、病名は癌であり、悪性の場合、命に限りがあり、症状が出ている以上、その可能性は高い。
「精密検査の意味はなんでしょう。」
医者が改めて知美を見、最悪も理解できる知的な瞳を見つけた。
「たぶん、お分かりですね。喉頭癌がご主人の現在の病名です。ただし、転移が既にある可能性があり、肺などは当病院では詳しく検査できません。その摘出手術等も国立病院で行う方が今後の病状の変化に対応しやすい。10日と申しましたが、訂正させて頂きます。私の方のレントゲン写真とカルテ・診断書を持って、1,2両日中に国立病院に行って下さい。連絡は当方より行いますので、明日朝行って頂いて結構です。」
「先生の今の診断結果を教えて下さい。」知美はいつもの口調で聞いたつもりだが、声は所々途切れていた。
医者は若く美しい上、聡明な女性であることにある種の感動を持った。
静かに間違いない回答をしようとする。
「70%転移があります。ただし、その進行がどの程度のものかはわかりません。時間を要しますが、完治も経験では現在の医学では同程度の%です。そのため、診断結果を曖昧に申しました。申し訳ございません。」
しかし、いずれにしても卓也・・・夫がこの病で死ぬ可能性は30%、いや医者の言葉故、それより遥かに高いだろう。
知美の頭は明日の行動も同時に思っていたが、愛すべきただ一人を失ってしまう事を当然冷静には考えられない。
青ざめた小さく美しい顔に医者が付け足した。少し心配になったのだろう。
「奥さん。患者さんには少なくとも今日の夜・・・いいや、これから国立に入院できるようにいたしましょう。」
「・・・。」
「どうしましたか。」
「3日、いや1週間、主人と普通に暮らして、病院と言う事にはなりませんか。それ以後は看病が続きます。そういう事をして最悪の状況になる、30%の可能性が幾分でも少なくする様では諦めますが。」
医者は正面は見ているが、自分の方を見ていない知美を当然、医者の目で見ていた。
(レントゲンと血液検査の間、病院でほとんど寝ている状態だから、その程度は問題ないが、1週間もあれば人は思い詰めてしまうし・・・。)
「奥さん、一つ約束して頂けませんか。」
「はい、何でしょう。」今度は医者に目を向け、知美は答えた。
「1週間後は12月の22日です。病状にはそれほど進展もないし、患者さんがほぼ普通の生活ができます。ただし、それ故、人は考えます。悪い方へ、悪い方へ。
病院とはそういう事を考えさせない場所でもあります。つまり、思考を停止させる。一番望ましくないのは「短気」を起こしてしまう事。その次が「鬱的」になってしま・・・。どうですか、1週間は必ず、この病気とご夫婦でしっかり対峙できる準備期間として下さい。」
ポリープ状の癌は結局、切除されずに夫と共に帰宅させられる。
息苦しさは気管支炎のため、普段もあるはずの違和感が増幅されたものだった。
(「薬には頓服の抗癌剤、そんなものも今はあります。安定剤と睡眠剤もお出しし、当然ですが、気管支拡張剤、まぁ、風邪薬の類も。お酒、タバコは禁止です。」)医者の言葉がまだ頭を過ぎる中、少しの元気が戻った卓也がタバコをどこから持ち出したのか、車のライターで火を付け様としていた。
「あなた、絶対駄目です。1週間後の精密検査までは、とお医者さんが言ってらしゃったでしょう。」
それにかまわず、タバコに卓也は火を付けた。
車を止め、知美は火が付いたままのタバコを奪い、手の中で丸めて屑にする。
驚いた卓也は知美を見たが、妻は卓也を見ていたが何も言わない。ただ、車中ではっきりとではないが、涙が光った気がした。
点滴、注射で楽になったが、後にレントゲン、しかも首から足の付け根全部。
それと飲み屋で会った時は「まぁ、長生きもほどほどですよ。」くらいは言って自分でもタバコをふかす院長が念を押すかのようにする往診とタバコと酒の1週間の厳禁。
1週間後の国立病院、妻の行動と涙。さすがに卓也も少し気が付いた。
「そうだな。」
病院内で買ったタバコの箱を窓から投げ捨てる。
「帰ろう。家に。」卓也が言った言葉はその場では最も適切だった。
(そうだった。早く「家」に帰らなければ。)
12時間も人を失っていた「家」自体が冷え切っており、人が戻り、「家」は生き返る。
寝室とリビングの部屋の温度が24度になった頃、知美はいつもの上半身だけの薄物、卓也は厚手のパジャマにガウン、それと喉をいっそう冷やさないためマフラーを巻いていた。
知美が運んだティーカップを二人が手に取り、家に帰り、1時間でようやく落ち着いた。
「一週間、どんなご命令にでも従いますわ。」
初めて家に帰り知美がしゃべった。
「無口に色んな事をやって、・・・うーん、やっぱりまだシンドイな。」
「熱は37度以上でしょうから、今日は静かにお休み下さい。少し何か作りますから、それを食べてお薬をのんで。」
半分ほどの紅茶を残し、裸と言っていい知美はキッチンに戻る。
(「どんなご命令」・・・従わなかったことなんかないな。ふっ。)
卓也はこの一週間は夫婦にとって、貴重な時である事を再確認じた。
「常に理想論を語る人がいて、悲観的ばかりを述べる人もいる。
人生はどちらも常に用意しているから、その場ではどちらも正しい。
最終的にどちらか、でもない。
この感性は女性的かも知れないが、知性の裏づけがなくては、そこに近づく事はできない。
「諦め」は知性だが、それのみを黙認することがより高度なものと言えるだろう。」
野菜をふんだんに入れたラーメンを知美が作り、それを二人で静かに食べ、再び「お茶」の一時を夫婦が得た後、卓也はベッドに向かった。
(「後で。」って言った薬は睡眠薬だな。・・・ふーん、5種類以上もあった薬の効果は全部は聞いていないが。・・・風邪薬と・・・。)
薬効が自身に教えてくれる。
(安定剤も入っていたかな。・・・妙に気分が軽い。)
卓也は仕事で忙殺されていた時、医者に処方された薬の感覚を身体に覚えている。
知美が盆に水とたぶん睡眠薬を載せ、寝室に入ってきた。
「歳を取ると風邪が長引かない体質が多くなる。なるほど、こういう事だな。ただし、風邪は別の負担を明らかにする。よって、風邪は万病の素と言うのは間違いだ。風邪は弱った身体に大事を告げる親切な来訪者さ。もっとも、あんまりノンビリされると迷惑だし、命も持って行く困り者でもあるけどね。」
卓也が突然、しゃべり始めたため、「薬」のせい、とも思った知美は内容で、車中からだが、自分に科せられた何らかの重い病に卓也自身が気づいている事がはっきりした。
「・・・そうですね。もうお歳ですから。」
知美は夫の大好きな笑顔で微笑み答える。
「そうだよな。」
その日は睡眠薬の効き目であっという間に寝てしまったため、知美の指が朝まで顔を撫でていた事には気が付かなかった。
翌朝、卓也が目を覚ますと、妻の小さな手の平が頬にあり、その寝顔が横に転がっている。
手でアゴを撫でた。
すぐに知美の目は覚め、身体全部を布団の中に潜り込ませペニスを咥えた。口でそのまま言う場合とアゴを撫でれば、知美はいつでも卓也の便器となる。
その口は小便を飲むだけでなく、昨日風呂に入らなかったための垢を全部取るかの様に尻の穴まで丁寧に舐め、啜る音をさせていた。
(気が済むまでやればいいさ。)
いつもの倍の時間が小便後過ぎたが妻は顔を布団から出さない。
テーマ:官能小説 - ジャンル:アダルト
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